第4回:栗山 和樹さん
Finaleは、音楽の進化を手助けしてくれる道具
栗山 和樹(くりやま・かずき)プロフィール
1963年、神戸市出身。小学生の頃から映画音楽の作曲家を志す。国立音楽大学作曲学科を首席卒業と同時に有馬賞を受賞。 同大学院作曲専攻修了後、米・スタンフォード大学CCRMA(コンピュータによる音楽・音響研究所)に留学。 コンピュータプログラミング、音楽音響学をベースとしたDSP(デジタル信号処理)を学ぶ。
主な活動に東映映画「極道の妻たち〜決着」、松竹映画「陽炎3」、松竹映画「怪 The Movie」、TBSドラマ「to Heart」、NHKドラマ「日輪の翼」、NHK大河ドラマ「北条時宗」など映画音楽のほか、NHK「芸術劇場」、TBS「ベスト・タイム」などテレビ番組のテーマ曲、CM音楽など作曲。 山下洋輔「エンカウンター」、NHK名曲アルバムなど編曲も多く手掛ける。また、ローマ国際コンピュータ音楽祭、アメリカ国際コンピュータ会議、ACL青年作曲賞(タイ、バンコク)など、海外で現代音楽作品の発表も行っている。
国立音楽大学音楽文化デザイン学科准教授、洗足学園音楽大学音楽学部客員教授。JASRAC編曲審査委員会委員。
■ 栗山和樹オフィシェルウェブサイト
1990年くらいでしたかね。当時はプログラムが何枚ものフロッピーディスクで構成されていて、Macintosh SE/30にインストールして使っていました。それ以前には、PC-98で動く「プレリュード」という国産のソフトを使っていまして、大学院の修士論文ではそれで楽譜部分を作って提出しました。でも表現できないことがたくさんあるから手書きで補っていました。それでも当時としてはかなり珍しかったので、口述面接の時には、論文の内容よりもその楽譜をどうやって作ったんだとか何のソフトを使っているんだとか、そんな話ばかりで終わってしまいました(笑)。それが83年くらいのことです。こんな感じで、古くからコンピューターで楽譜を書くことに興味がありましたので、Finaleが登場した時には本当に驚きでした。最初から色々な機能がついていたので、びっくりしたのを覚えています。
当時のFinaleは実用的にはいかがでしたか?
その当時は、先入観として、コンピューターで楽譜を作るというのは限界があるとは分かっていたので、あまり期待せずに、というか「こんなもんだろうな」という気持ちで使っていましたから、機能的に足りなくても特にストレスを感じることはありませんでした。
国立音大の修士を終えた後、スタンフォード大学に留学したんですね。当時は別の専門を研究していたのであまり楽譜を書く機会はありませんでしたが、留学から帰ってきてすぐは全く仕事がなかったので、デモテープを持って売り込みに回ったりしたんですけど全然ダメでして(笑)。そういう状況ですから時間が有り余っていたわけですね、それで国際コンクールなんかにいくつか応募してみたりしたんです。その時の楽譜は全部Finaleで書いてます。それが94年くらいのことです。おかげで、コンクールでは幾つか良い評価をいただきました(笑)。
ええ、コンピューターというものに初めて触ったのは高校生の頃で、その時はブルーの画面にBasicという言語プログラミングが動くようなものでした。初めてMacに出会ったのが87年の頃で、すごく感激したのを覚えています。アシスタントだった頃はMC-4という専用のシーケンサー機材を使っていましたが、その時からコンピューターで音楽を作ることについてずっと試行錯誤してきました。
僕の性格的に、ブラックボックス化されているアプリケーション、つまり「ここを押せばこうなる」とか決まってしまっているものが嫌いで、「中はどうなっているんだろう」って好奇心から、プログラムをC言語で手書きして、MIDIアプリケーションを自作しました。周りに誰も知っている人がいなかったのでとても苦労しましたね。
そうですね(笑)。僕は左利きなんですけど、当時は写譜ペンを使って楽譜を清書するように教育されてきたわけですが、左利きだとインクをこすっちゃったりしてどうしてもうまく書けないんです。だから左利きでも綺麗に書けるように、道具を探したり、色々な工夫をしていたんです。そういったこともあってコンピューターが出だした頃「これは!」と誰より先に飛びついたいうこともありますね。
人、時間、予算などのあらゆる条件を考慮して、その時々に最適なスタイルで作曲をしています。実はですね、僕の場合手書きの方が多いんです。特に、1分1秒を争う商業音楽の世界ではとにかくスピードが命。スコアを手書きで書いて、レコーディング用のパート譜は写譜屋さんが作るというワークフローはとにかく早いですし、今でも主流です。 純音楽や国体の式典音楽など、時間的に余裕のある仕事の場合には、Finaleを使ってパート譜まで作りますね。
やはり「バージョン2」を簡単に作れることが大きいと思います。 記譜の機能については申し分ないのですが、古いバージョンとのファイル共有ができないのが残念ですね。学生は経済的な理由で頻繁にはバージョンアップできないですから。授業でもそうですし、共同でアレンジする時などはこの制限がしんどいですね。 それから、プレイバックした時にリバーブがかかってしまうのは、響きのチェックをしたい時にはかえって不都合なので、すべてOFFにしています。
僕らの作曲の世界では、最終的に生の楽器で演奏した時に最高の響きを出すことを求めて音符を書いているわけで、Finaleでプレイバックした時に耳障りの良いものになっていても全然意味が無いんですね。書いた音が均等に鳴ってくれないと音のシミュレーションができないので、そういう時にはオーケストラの編成でも全部ピアノやオルガンの音色に統一して確認したりしています。大学でも、Finaleのプレイバックに頼らず、出来上がった楽譜を見て頭の中に自分のイマジネーションを拡げて、膨らませることができるプロフェッショナルを育てていきたいと思っています。
まず、今の学生はみんな個人でコンピューターやソフトを持っていて、学校と同じような環境を個人レベルでも揃えられるようになりました。ですから、授業風景がこの10年でまったく様変わりしました。かつては鞄に五線紙を入れて持ち歩いていたのが、今ではPC1台で何でもできてしまいますからね。授業の進め方は、学生が自作した作品を持ってきて、主にそれを添削していくような形です。
それから、「オーケストラ・ラボ」といって、学生と一緒に進めているプロジェクトがあるんです。オーケストラをレコーディングする際のマイクや奏者の配置なんかはもちろん、作曲の観点であらゆる様々な実験をしているのですが、このようなトライ&エラーを繰り返すような作業ではとにかくFinaleのようにデータ化されている素材は必須と言えますね。
これはいいですね。今やっているアレンジの実習では、作られた曲を皆で実際に音出ししてみるのですが、せっかくFinaleで作ってもプリントアウトした紙を使っているんです。音出しをしながらアレンジに手を加えてはまた合わせてみるという作業になると、こういうiPadみたいなもので瞬時に同じ楽譜を共有出来るようになると最高ですね。 でも、商業音楽の現場作業ではまだかも知れませんね。レコーディング当日は、それこそトイレにいく余裕もないくらいひたすら時間との勝負になりますから、ちょっとでもハードやソフト上の不具合が発生したらその瞬間にアウトです。そういうシビアな現場では、こういうものの導入にはもっと検証が必要ですね。
手書きでの作曲は、頭の中で組み上がった音楽を書き留めていくこと中心になりますが、Finaleをベースに作曲を進めていくと、例えば、生身のプレイヤーでは演奏不可能なフレーズを平気で書いてしまうようなことが起こるわけです。この何百年という間、先人達による試行錯誤の成果として和声学や対位法などが確立し、今の僕たちにも脈々と受け継がれています。Finaleのようなツールがあるおかげで色々な部分で省力化できるようになっても、せっかく苦労して積み上げたものを横に避けておいて、あまりに簡単に音楽を扱うのはもったいない。せっかく人類がバトンタッチしながら作り上げてきた素晴らしい技術、それらを受け継ぎ、積み上げながらさらに新しい美しい響きを求めていかなくてはなりません。そういうことをヘルプできるのがFinaleだと思うんですね。昔はできなかったけど、新しいテクノロジーのおかげで色々な取り組みができるようになって「この時代は音楽が高度になった」と歴史上言われるようになって欲しいですね。
関連記事リンク集
《プロのFinale活用事例:アーティスト別》
- 都倉 俊一氏:作曲家/編曲家/プロデューサー “現場ではすぐにスコアを書き換えなくてはいけないことがある。するとパート譜の修正もたくさん必要になりますよね。その作業が、Finaleのおかげでとっても楽になったことが印象的でした”
- 外山和彦氏:作編曲家 “手書き時代はスコアを切り貼りしたり苦労をしたものですが、Finaleを使うことで圧倒的に便利になりましたね。仕事場にはもう五線紙がありませんよ”
- 吉松 隆氏:作曲家 “我々プロの作曲家にとっては、こと細かい調整ができるという面で、やっぱりFinaleなんですよね。Finaleは、車に例えるとマニュアル車みたいなものなんです”
- 松本 あすか氏:ピアニスト/作曲家/音楽教育家 “Finaleは楽譜のルールを学習するためのツールにもなっているんだなと思います。楽譜が分かるようになれば、読む時の意識も変わります”
- 栗山 和樹氏:作編曲家/国立音楽大学教授 “Finaleを使えば「バージョン2」を簡単に作れることは大きなメリットですね。特に作曲面でトライ&エラーを繰り返すような実験授業では、Finaleでデータ化されている素材は必須です”
- 櫻井 哲夫氏:ベーシスト/作曲家/プロデューサー/音楽教育家 “Finaleの普及で、演奏現場では以前は当然だった殴り書きのような譜面はほとんど見られなくなり、「これ何の音?」などと余計な時間も取られず、譜面に対するストレスがかなり減りました”
- 紗理氏:ジャズ・シンガー “ヴォーカルだと特に、同じ曲でもその日の気分やライブの演出によって、キーを変えたい時がよくあるんです。そんな時でもクリックひとつで移調できるわけですから、これはものすごく便利です”
- 赤塚 謙一氏:ジャズ・トランペット奏者、作編曲家 “作る人によってレイアウト、線の太さ、フォントの選び方など好みがあり、手書きのように作った人の「らしさ」が表れます。この辺がFinaleに残されたアナログな良さかも知れません”
- 本田 雅人氏:プロデューサー/作曲家/サックス奏者 “手書きでは本当に大変でしたけど、Finaleに慣れてきてからは随分と楽になって作業の効率は圧倒的に良くなりましたね。ビッグバンドとか吹奏楽とか、編成の大きな場合にはすごく助かります”
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- 『アナ雪』主題歌Let It Goのグローバルな音楽制作を影で支えたFinale 主題歌Let It Goの完成テイクをFinaleで採譜後、世界中のスタジオに配布し、25種類の言語で翻訳しボーカル録音したエピソードをご紹介
- Finaleで育った18歳の天才作曲家 ミネソタ州音楽教育協会作曲コンテストで5回連続優勝、シューベルト・クラブが主催するメンターシップ研修生に3度選ばれた高校生作曲家にインタビュー
- 『アナ雪』のオーケストレーションを担当したTim Davies氏のスーパーFinale術 iPadでプログラムしたコントローラーも駆使してあらゆる操作をショートカットとして登録し、手間を削減。Finaleでみるみるうちにオーケストレションが完成していく様子を捉えている動画をご紹介
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- 濱瀬 元彦氏:ベーシスト/音楽理論家/音楽教育家 Finaleでビ・バップのフレーズをデータベース化し研究に利用、成果を取りまとめ「チャーリー・パーカーの技法」を上梓
- Shota Nakama氏:作編曲家/オーケストレーター/プロデューサー/ギタリスト 楽譜作成ソフトウェアの編集機能を活かし、オーケストラ・レコーディング用の大量の楽譜を読み易く、超高速で制作
- ジョナサン・ファイスト氏:バークリー音楽大学教官 1学期12回にわたりFinaleを用いた記譜法を学べるオンライン・コースを開講している米国ボストンの名門、バークリー音楽大学(Berklee College of Music)での事例から、楽譜作成ソフトウェアを音楽教育に導入するメリットを考える
《Finaleの基本操作を学べるリソース》
- 譜例で操作方法を検索:Finaleオンライン・ユーザーマニュアルより。Finaleで可能なこと、それを行うための操作法が一目で分かり、初心者の方には特にお勧めです。
- クイック・レッスン・ムービー:Finaleの操作方法や便利な機能などを30〜60秒程度の短い映像でご紹介しています。