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「知る」— 楽譜作成ソフトの導入メリットを考える

VGO総合プロデューサー/SoundtRec Boston CEO

Shota Nakama:楽譜作成ソフトの編集機能を活かし、オーケストラ・レコーディング用の大量の楽譜を読み易く、超高速で制作

ロック+オーケストラのスタイルで演奏するVideo Game Orchestra(VGO)は、2009年3月のボストン公演をきっかけに人気が急上昇し、2010年にはアメリカ東海岸最大のイベントAnime Bostonにてヘッドライナーとして出演。その総合プロデューサーとして手腕を発揮するのが、作編曲家、オーケストレーター、そしてギタリストでもあるShota Nakama氏です。

2013年にはVGOから派生したプロダクション会社SoundtRec Bostonを設立し、ゴッドイーター、KINGDOM HEARTS - HD 2.5 ReMIX、ファイナルファンタジーXVなど数多くのオーケストレーションやレコーディング・ディレクションも担当しています。このたび、TOKYO GAME SHOWのために一時帰国した氏に、多忙なスケジュールの合間をぬって「楽譜作成ソフトの導入メリット」についてインタビューしました。

Shota Nakama氏

コンピューターを中心とした音楽制作ツールの急速な進歩により、プロの世界では制作期間の短縮化が進んでいます。レコーディング現場では数十パートの楽譜を数日(場合によっては数時間)で仕上げなければならない場合も珍しくありません。そうして制作された楽譜は現場ではどのように扱われるのでしょう? 例えばビデオゲーム音楽のレコーディング現場をみると、特にアクション系では迫力ある重厚なオーケストラ・サウンドが求められるため一般にアンサンブルの規模は大きく、時には100名近いスタジオ・ミュージシャンが招集されます。

通常は一日で数曲の収録が行われますが、多くのスタッフが働く大規模レコーディングほど作業の遅れは膨大なコスト増加に跳ね返るため、現場は常に緊張感に満ちています。現場に持ち込まれる楽譜はミスがないことはもちろん、演奏者一人ひとりが楽曲の意図を初見で汲み取り短時間でベスト・テイクを録れるようにするための配慮も必要となります。このような音楽制作過程においては、コピー&ペーストや移調、パート譜の自動生成などにより、レコーディング・スタジオに持ち込む読み易い楽譜を超高速で制作できる楽譜作成ソフト(ノーテーション・ソフト)が欠かせません。特にアレンジャーやオーケストレーターにとっては標準ツールとなった楽譜作成ソフト。プロによる活用は、実際にはどのようなものなのでしょうか? 一般にはなかなか知ることのできないレコーディング現場の状況についても、いろいろとお話をうかがってみました。


レコーディング現場では、作編曲もスコアリングもスピードが重要

ー『ファイナルファンタジーXV』(以下、FF15)の音楽制作における役割は?

多くの楽曲はコンピューターを用いて打ち込みでつくられますが、実際にビデオゲームに組み込む時には生のオーケストラやバンドでレコーディングしたものも使います。なので、出来上がってきた楽曲を生身のアンサンブルで演奏できるようにオーケストレーションを施して、楽譜を準備するのがこのプロジェクトでの僕の仕事でした。レコーディングのディレクションも僕がやっています。

ー実際のオーケストレーションの作業はどういう流れなのですか?

レコーディングでオーケストラを指揮するShota氏

まず、作曲家から渡されたMIDIファイルや打ち込みのモックアップを2回くらい聴いて全体像を把握します。聴いているうちに「ここはああしよう、こうしよう」というのが大体頭の中で決まってきます。そうしたら早速、楽譜作成ソフトの出番ですね。仕事ごとに予めテンプレートを作ってあるのですが、楽器編成によって楽譜のサイズをレター・サイズにするかタブロイド・サイズにするか決めます。レター・サイズの方が、レコーディングの時にページめくりの音がマイクに入りにくくて良いんですよ。それに、狭い視野でも楽譜を一望できるから、なるべくレター・サイズで作りたいと思っています。方針が決まったら、僕の場合ストリングスから作っていきますね。(編注:レター、タブロイドは米国の標準的な紙サイズで、前者はA4、後者はA3に近いサイズ。)

ーオーケストレーションの仕事で大変なことは?

作曲家の作り込み方にもよるのですが、提供されたMIDIファイルを楽譜作成ソフトで開いてみたら、実際は30種類くらいの楽器編成で収まるはずの曲なのに100トラックとか存在することがあるんです。作曲する時点では生身の人間が演奏することは考慮されていない場合もあるし、そもそも作曲家にオーケストレーションの知識がない場合もある。それを「この部分のコアは何なんだろう」ということを分析しながら整理整頓していく作業が大変ですね。

特に今回のFF15について言えば、大作なので曲数が多かったというところが、最も大変だったところですね。ドバっと来て一気に作業をして仕上げ、レコーディングの日に間に合わせなければいけませんでした。そういう状況を乗り切るには、作編曲のスピード然り、楽譜作成ソフトも熟知していなければなりません。楽譜作成ソフトを使いこなせれば、作業過程を最適化し、手書きでは絶対無理なスピードで非常に早く楽譜を仕上げることが出来ます。逆に云うと、使いこなせなければ絶対に間に合いません。僕は以前に現代音楽の写譜の仕事をしていたこともあるのですが、この時にFinaleを使った特殊な書き方を苦労して学んだ経験が生きていると思います。

プレイヤーのパフォーマンスを発揮させるには、プレイヤー目線のスコアリングが重要

ーVGOはバンド+オーケストラを標準フォーマットとしたユニークなアンサンブルですね

VGOのライヴでギターを弾くShota氏

Video Game Orchestra(VGO)は名前のとおりビデオゲーム音楽を演奏するオーケストラですけど、僕自身がゲーム音楽に愛着があったとは意識していませんでした。元々僕はDeep Purpleが好きでギターを始めた人間だし、その前は母に勧められてクラシックピアノを近所のおばちゃんの家で5、6年やってただけだから(笑)。でも、それで楽譜を読む能力を身に付けられたので良かったとは思ってます。

VGOは2008年にバークリーで映画音楽の勉強をしている頃に、たまたま『クロノ・クロス』というビデオゲームのサントラを聴いて「ビデオゲーム音楽もいつの間にかここまで来ていたのか!」と衝撃を受け、そしてすぐにこれをやろうって、バークリーの仲間に声をかけて、一ヶ月後には教会でビデオゲーム音楽のコンサートを開いていました。そうしたら200人くらいお客さんが来てくれて。じゃあ次はこれ、その次はこれ、ってやっていったら規模も大きくなっていき、2011年4月にはボストン交響楽団の本拠地でもあるシンフォニー・ホールでコンサートを開くまでになりました。

今の時代はYouTubeで世界中に演奏を紹介することができるから、火がつけば広まるのが本当に早い。これまでに台湾や中国でもコンサートをやりましたが、これからも世界各地でコンサートをしていきたいですね。

ーVGOの楽譜を作る時に配慮していることは?

VGOはオーケストラがバンドを支えるというスタイルです。曲によってバンドとオーケストラどちらに主軸を置くかを考えると、結局バンドの方がパワーや勢いがあるし、ドラムが入っている以上オーケストラもドラマーに合わせなければならない。うちはバンド主体のグループと言うことで、指揮者もドラマーと同じクリックをイヤホンで聞いて合わせてもらってます。

オーケストレーション上の話としても色々とテクニックはありますよ。例えば、チェロとエレキギターの音色は全く合わないけど、チェロがフル編成で6人とか8人とかいればOKだとか、あとはもちろんミックスの工夫も必要です。また、例えばエレキ・ベースがかっこいいリフを弾いている時に、同じ低音楽器のダブル・ベースやチューバがガンガンやってたらおかしいじゃないですか。3種類も低音を担当するパートがあるわけですから、どうすればそれぞれの持ち味を発揮して共存させるかは考えなければなりません。そういうのはやりながらわかってきたことも多いですね。

ーメンバー間での楽譜の共有はどのように?

リハーサルルームでのVGOメンバー

今の時代、クラウドサービスを使うことで、楽譜の受け渡しもすごく便利になっていますね。クラウド上にメンバーで共有しているフォルダを用意して、その中に常に最新の楽譜データを放り込んで、メンバーはネット環境さえあれば世界のどこに居てもいつでも必要な楽譜にアクセスできるようにしています。変更があった場合の差し替えも簡単ですし、この共有しやすさも、楽譜作成ソフトを導入することのメリットと言えるでしょうね。

ープレイヤーにとって読み易い楽譜とは?

「読み易い楽譜」とは、正しくは「奏者の演奏がより良くなる楽譜」かなと思っています。もちろん例外はありますが、僕の経験上、大体のバンド系奏者(ギタリスト、ベーシスト、ドラマーなど)は、しっかり書き込まれた楽譜を前にした場合、逆にライヴなのにライヴ感が無くなり、演奏が不自然に固くなってしまいます。元々バンド系ミュージシャンが楽器を弾き始める時って、アカデミックに楽譜や理論から勉強する人は少ないですよね。みんな自分の弾きたいことを弾いていって、あとから楽譜や理論を学び始めます。だからリード・シートを元にコード進行やキメのヒットとか必要最低限の情報だけを提供し、あとは「こういう風に演奏して欲しい」と口伝する方が、その奏者の才能と知力と味が自然に放出され、良い演奏になるんですよね。偶然奇跡的に良いものが産まれる可能性も出てきますし。

VGOのカプコン公式ライヴツアー

オーケストラのプレイヤーにはもちろんきっちり書いて、バンドにはリード・シートだけ渡すとか。その時に入るミュージシャンそれぞれの性格を考慮しながら楽譜を作ってますね。その時に参加するメンバーによって、楽譜の内容も変わってきます。そういうこと、各奏者の得手不得手、性格などを把握している僕が、采配も考えて楽譜を作っているわけです。まぁ「意図的な適当」ですかね。こればかりは経験でしか学べないことでしょう。

ー楽譜作成ソフトを使えば綺麗な楽譜を作れるというのも、当然かも知れませんが重要ですね

もちろんそれもありますね。汚い楽譜だとなめられるし、何て言うんだろう、なんか「本気度が足りない」って思われることもあるじゃないですか(笑)。ちゃんと良い紙を使ってきちんとした楽譜を出したらプレイヤーも「これはちゃんとしているな」って意図せずとも直感的に感じると思うので、そういう風にするためにも現場用のスコアを楽譜作成ソフトで書くというのは重要だと思います。見た目が汚い楽譜は、良くないですね。

楽譜作成ソフトなら、作業過程を最適化して最短最速で楽譜を仕上げられる

ー楽譜作成ソフトを使い始めたきっかけは?

今は楽譜を書く仕事が多いので楽譜作成ソフトが音楽制作の中心ですが、実は僕は昔からのヘビー・ユーザーというわけでもなくて、18歳の時に沖縄を出てシアトルの短大に通っていた時に楽譜作成ソフトFinaleの存在を知ったのが最初です。でも、その時は自分で買ったのでなく学校の備品を少し触っていた程度でしたね。その後バークリーに編入してから課題提出の時に楽譜作成ソフトが必要になり、同校で買ったフィルム・スコアリング専攻生用の教材バンドルに含まれていたFinale 2006の使い方を勉強し始めました。でも本格的に使い始めたのは2008年にVGOを立ち上げて活動をするようになってからですね。

ーFinale以外の楽譜作成ソフトもいろいろ使われたのですね

楽譜作成ソフト(ノーテーションソフト)を使い始めたきっかけについて語るShota氏

もちろん、『Sibelius』『Notion』『MuseScore』『Noteflight』なんかも触りました。Noteflightはブラウザ上で動くソフトで、SNS的な要素あり音楽教育では便利なソフトだと思います。開発元がボストン所在ということもあり、開発者の方々とも懇意にさせていただいています。

Notionは確か2006年頃に最初のバージョンが出ましたが、バークリーの先生が開発に関わったらしく、その関係で当時の僕らバークリーの学生には無料で配布されました。楽譜の美しさを売りにしており、確かにスラーの見た目が他のソフトよりも綺麗だったと記憶しています。でも今思うと、Notionが出回った当時はちょうどバークリーの学生の多くが根拠もなくSibeliusを妄信していた時期でもあり、出てきたタイミングも悪かったかも知れません。

Sibeliusは記号同士の衝突を回避する機能が秀逸で今でも魅力的と思っていますが、僕が楽譜作成ソフトをいろいろ物色していた当時のバージョンは起動に時間が掛かり作業中の動作も重く、作業スピードを非常に重視する僕としては結局導入には至りませんでした。最近出た『Dorico』はかなり注目していますが、同じ開発元のDAWであるCubaseとの連携がないのが残念でなりません。

Finaleも他ソフトと同様に改良の余地はいろいろありますが、結局のところ速さゆえに僕は今もFinaleを使い続けていますね。Sibeliusユーザーも増えて来ているとはいえ業界スタンダードは今なおFinaleですし、インターフェイスのシンプルさも僕は好きですし。最新版のFinale version 25も、早速買って使ってますよ。

でも、僕に言わせれば結局のところどのソフトも根本的にできることは殆ど同じなんですよね。どのソフトに落ちつくかはDAWと同じで、どっちのインターフェイスが好きかとか、どっちのクセが好きかとか、そんな問題じゃないですかね? 極力効率的で速ければ何でもいいんです。あとは、どれだけそのソフトの習得に時間を投資したか。僕は既にFinaleを勉強するために相当な時間を費やしてましたから、結局そのままFinaleを使い続けています。

ーDAW(打ち込みソフト)もよく使う?

はい。DAWはほとんど持ってますし、知らなければいけないと思ってます。DAWソフトも結局できることは一緒なんですけど、こういう仕事をしている以上、どのソフトが何に長けているのかといったことを、僕が知識として持っておかなければならない。そうでないと、人に「これやって、あれやって」って言えないですよね。

でも僕自身は、時間がないからってこともありますけど、最近は打ち込みのプロセスを極力排除しようと思っています。打ち込みのプロセスは頭の中にだけあればいいかなって。最初から楽譜作成ソフトで全部やれれば一番効率的じゃないですか。中間プロダクトとしてモックアップが必要な場合はDAWで作り込むのではなく、Finaleのプレイバックを書き出した音源で済ませちゃってますね。だから、今一番勉強したいことはFinaleのプレイバックを良くすることだったりしますけど(笑)。そういえば僕のバークリーの同期に一人、Finaleのプレイバック音源をやたら良く聴かせるのが上手い奴がいました。どうやってたのか良く分かりませんけど、何か方法があるんでしょうね。

ー楽譜作成ソフトは仕事上どのくらいの重要性を持っていますか?

レコーディングでオーケストラを指揮するShota氏(コントロールルームより)

今時の音楽制作の仕事ではスピードが求められます。特に次の日にレコーディングがあるとなると、とにかく1分1秒が大事になります。最悪の時は何だったかな、、、たしかレコーディング前日からの徹夜明けの朝4時にもう一曲新たに追加が来て、それで意地でやるみたいな(笑)。7時までにそのオーケストレーションを仕上げて楽譜データを印刷屋に送り、それが製本され仕上がったのを9時に受け取って10時からのレコーディングに直行したなんてこともありました。

大作になればなるほどギリギリの仕事が多いし、僕らがギリギリでもできるということが分かるとますますそういう仕事が増えますね。特に今はゲーム音楽がスケジュール的に大変で、アップデートがネット回線を通じてどんどん出せるじゃないですか。そうしたら「あれ追加しよう、これ追加しよう」っていってどんどん増えていくというパターンが多いです。

映画業界も伝統的に制作期間は短いです。僕らが最近経験した事例では、発注元の会社で諸々の調整に時間が掛かり、僕らに発注が来たのが凄く遅かったんです。作曲家が3人いてそれぞれから楽曲が送られてMIDIデータを元に仕上げていったのですが、あの時は1日6曲くらいオーケストレーションをやって一週間くらいでバーっと全部を仕上げましたね。

アメリカの映画業界では音楽を完成間際で差し替えるというのはたびたびあり、ブラッド・ピット主演の『トロイ』のように、音楽が全て完成して既に映画に組み込まれていたのにも関わらず、配給2週間前のプロデューサーによるスクリーニングで音楽が作曲家ごと全部差し替えられてしまうような極端な事例もあったりします。噂によると『トロイ』では、後釜で起用された作曲家のジェームズ・ホーナーは1週間で仕上げてくれと凄い金額の報酬を積まれて、一日あたり20分くらいの曲を書いて次の日から録り始めてその日のうちにミックスして(笑)、っていうのをやったらしいです。その時彼がやったのはヴォーカルがいてパッドを沢山使ったあまり音数を入れない音楽だったのですが、逆にそれが効果的で良かった。最小限の努力で最大限の効果を発揮した良い例ですね。

映画やビデオゲームの業界にはそういった凄い怖い話がいっぱいあります。そういう状況を乗り切るには、作編曲のスピードは当然のことながら、ソフトの操作も熟知していなければなりません。ソフトを使いこなせれば作業過程を最適化して最短最速で楽譜を仕上げ、こういった急ぎの仕事にも対応することが出来ます。

プラグインでさらにスピード・アップ、古いデータも簡単に再利用できるのが楽譜作成ソフトの魅力

ー楽譜作成ソフトで仕事をする上で工夫していることは?

そうですね、沢山ありますよ。僕の場合は何と言ってもスピード・アップの一言に尽きます。省略できるところは1秒でも省略したい。例えば、ある手順で数秒ロスしたとすると、それを一日とか一週間とかいう単位でのトータルで見ると、凄まじい時間のロスに繋がっているんですよ。だから1秒でも早く作業できる方法をいつも探っています。最初に時間をかけてでも環境は整えます。具体的には、先ほども言いましたが、仕事ごと、パターンごとに楽譜作成ソフトのテンプレートを予め作って用意しておくこともそうです。

ープロのユーザーにはプラグインを使い込んでいる人も多いですね

プラグインは速さを実現するのにとても効果的なツールで、英語版のものがインターネット上でいろいろ入手できます。Finale用プラグインの開発者としては「パターソン・プラグイン」のRobert Patterson氏(米国)、「JWプラグイン」のJari Williamson氏(スウェーデン)、「TGツール」のTobias Giesen氏(ドイツ)の三人が有名ですね。

JWプラグインは、例えばピアノによるオクターブのメロディ・ラインをヴァイオリンにも演奏させたい時にピアノのラインをコピーして一番上のメロディだけを残すといった編集が一瞬でできるなど、アレンジには非常に便利な機能が満載されています。パターソン・プラグインは部分的にFinaleにも同梱されていますが、別売りパッケージの一つにパート譜をつくる際の長休符生成機能を拡張した「Multimeasure Rests」というものがあり、これも良く使います。TGツールもライト版がFinaleに同梱されていますが、僕は有料版も全部買ってマスターしてやろうと思ってます。これらのプラグインを使いこなすと作業時間を凄く節約できますからね。(編注:TGツールとパターソン・プラグインの一部はFinale日本語版に搭載されている。それ以外のプラグインは全て英語版で、日本ではサポート対象外。)

ー作成したデータの保存にはどのような工夫をされていますか?

パソコンでの音楽制作の心得について語るShota氏

パソコンで仕事する以上、どのようなソフトを使っていてもフリーズや強制終了の危険は常にあるから、作業中はショートカット・キーの上に指を置いて毎秒セーブしてますよ、毎秒。ソフトの自動セーブ機能なんて信用できるわけがないし。

データの保存にもかなり気を遣っています。現代のミュージシャンにとって、「データ」って財産そのものじゃないですか。だから万が一に備えてバックアップはとっても大事です。基本的に、同じものをローカル、外付けHDD、クラウドの最低3ヶ所に保存すると良いと思うんです。

クラウドについては僕は今はDropBoxを使っていて、その中に「テンプレート」「バックアップ」「プラグイン」といったフォルダを作って該当するファイルを全てそこに入れています。DropBoxはクラウド上に保存されるのと同じものがローカルにもコピーされているので便利ですね。世界のどこにいてもファイルにアクセスできますし。作業はだいたいローカルにコピーされたDropBox内で行いますが、これだと最後にセーブした内容がローカルとクラウドの両方に同時に反映されます。それをもっと良くしようと思ったらDropBox以外にもiCloudやBoxというアプリもあるし、例えばメインで編集するファイルはBoxに入れるとバックアップがDropBoxの方に反映されるっていう仕組みも良いかなと思ってたりもします。

クラウドは便利ですがこれも完璧ではなく、サーバがダウンしたりハッキングされたりといった心配も考えると、手元にある外付けHDDにも保存する必要があります。僕はMacユーザーなので、Mac OS Xのバックアップ機能である「Time Machine」も便利に使っています。僕が自宅でメインに使っている外付けHDDは16TBと12TBの二つで、両方ともRAIDなので一つのHDDにコピーされたものは他にもコピーされるようになっています。そこに今までの映像やレコーディングを全てコピーし、これに加えてポータブルのHDDにもデータを入れているし、これらとは別にTime Machine専用に2TBの外付けHDDも使っています。

作成データの整理術について語るShota氏

ー長年使っているとファイル数も膨大となりますが、命名と分類にはどんな工夫をしていますか?

今もいろいろ最適な方法を模索していているところですが、現状では「年度別」「プロジェクト別」「ファイル種別(オーディオ、スコア、など)」という分類を基本にしています。あと僕らはそれに加えてGoogle Driveで演奏者のデータなど重要な情報を管理していて、それを僕がオーナーとして管理しつつ、いろんな人と共有しています。

ー昔のデータを引っ張り出して再利用することもありますか?

そうですね、コンサートでやる曲については、例えば2009年くらいにやった曲をちょっと久しぶりにやってみようかといって引っ張り出してみたら、「俺こんなクソなことやってたのか」って思って、それでやり直さなきゃって結局全部直しちゃったりみたいな(笑)、そんなことはあります。とにかく、そうやって古いデータも簡単に再利用できるのは、楽譜作成ソフトの便利さの一つではあると思いますね。

使いにくいではなく、知りたいと思ったことに集中して勉強するのが一番

ーこれからのプロ作編曲家には楽譜作成ソフトを扱う技術は重要ですね

例えばエンターテインメント業界の世界標準の一つと言えるハリウッドの映画業界では、近年は作曲・アレンジからレコーディング、マスタリングといった音楽制作の全工程をカバーする「パッケージ・タイプ」の仕事が求められています。この仕組みにおいては、作曲も出来て、編曲やオーケストレーションも出来て、打ち込みも出来て…みたいに、何でもこなせて、そのうえで何かしら自分だけしか持っていないようなものを持っているというようなタイプの方が生き残れているんです。そうなると必然的に楽譜作成ソフトも扱えて当然、みたいな所はあります。

ーどうやってFinaleを習得していったのでしょうか?

Finaleを操るShota氏

独学ですね。今もとにかく貪欲に「もっと効率的な手はないか」ということを常に考えていて、Finaleのテクニック本などを読んで研究していますよ。

Finaleってシンプルだし、要は単機能ソフトですよね、楽譜を作るためだけの。それを自分で使い込んでいって、いかにもっと効率良くできるか、いかにもっと早く作業できるかって考えたら、そこには色々な方法があります。例えばプラグインを使ったり、QuickKeysというショートカットをプログラムできるソフトを使ったり。『アナと雪の女王』のコンポーザーTim Davies氏がショートカット・エディタと共にFinaleを使っているビデオをみたことがありますが、あれって恐ろしく速いですよね、びっくりした、あれ見て。こんなんできるの?って感じで(笑)。そういうものを駆使していけばもっともっと速く作業できるようになるんじゃないかと思って常に考えていますよ。

ープロ仕様で多機能なFinaleは学ぶのが簡単ではないと思いますが、独学にコツはありますか?

ひと通りの機能を漠然と学ぶのではなく、具体的に「こういう機能を学びたい」って思った時に、それについて集中的に勉強するのが一番身に付きます。これについては僕も学生時代からいろいろ考えさせられ学んだ結果一つの考えを持っているのですが、バークリーでみんながFinaleが使いにくいと文句を言っているのを見た時、「こいつらみんな自分のせいだって気づいてない」って思ったんです。当時のバークリーでは、学校の教材として買ったFinaleを使い続けるFinale派と、これに満足せずSibeliusを導入するSibelius派とに分かれていましたが、極端な話、どちらもできないことは何一つなく、ただそのやり方が違うだけです。その前提に立てば、もし僕が何かをやりたいと思ったらそのやり方を探すだけじゃないですか。僕の場合は、それを探していくうちに関連機能も含めていろいろ学んでいったというだけです。だから僕は何かあってもソフトのせいにはせず、「このソフトではどうすればそれができるのか」を探すこと、それをいつも心掛けていますね。

ー楽譜作成ソフトは音楽を学ぶ際にも有効と思いますが、その割に楽譜作成ソフトの活用方法をしっかり学べる場所が少ない現状をどう見ますか?

楽譜作成ソフトと音楽教育について語るShota氏

アメリカでは日本より多少進歩的かも知れませんが、僕の身近な事例を見ても、楽譜作成ソフトを専門で教えているクラスはバークリー音楽大学でもボストン音楽院でもクラスが一つか二つある程度ですし、プロとしての実践的な技術が十分学べるかどうかも微妙なところだと思います。

でも、音楽教育機関がもっと楽譜作成ソフトを学び活用するためのカリキュラムをしっかりつくって提供する必要があると思います。学校の先生が「もう手書きの時代は終わった」って断言して、「楽譜作成ソフトで楽譜が書けなければお前に未来はないから、このクラスを受けないなら学校辞めてくれ」って言うしかないです。

ー学生さんが在学中に楽譜作成ソフトのプロによる実践的な使い方をどんどん学べるような環境があれば良いですね

例えば音大で普通にFinaleの使い方を解説するクラスを設置したら一年あっても足りないし、先に述べたようにそれは効率的ではないので、プロが常日頃使う機能だけを濃縮したクラスを一学期だけやれば良いと思います。はっきり言って、みっちりやれば1ヶ月でマスターできる程度のものですよ。それをちゃんと教えれば良いと思いますけどね。

作曲って自分の体の中にある。だからツールより賢くありたい

ーここまで楽譜作成ソフトの便利さについて議論してきましたが、手書きにも手書きならではの良さというのはありますね

ありますよ。たぶん、プロじゃない人たちが楽譜作成ソフトを使う際の最大の問題って、楽譜に音符を入れたらすぐプレイバックしてしまうことです。1小節書いてはプレイバックして「ちょっと違う」って直して、結局1時間掛かって1小節しかできないみたいな。だけど手書きじゃそれができないから、やるしかないじゃないですか。結果として、ある程度書いてピアノを弾いてみてという書き方になるから、そっちの方が何ていうか、動物的な感覚でできるんじゃないかって思いますね。僕も元々手書きの方が好きだし、やっぱり。でも今はそういう時代じゃないから、僕らがその時代に慣れてコンピューター・ネイティヴになっていくしかないです。

ー楽譜作成ソフトは整理し並び替えながら書くという意味で、手書きとは別の思考回路を使うのでしょうか

それは僕らの世代だからそう思うのであって、脳の動きが違うネット・ネイティヴの世代はそんなことすら考えないと思いますよ。例えば生まれた時からタブレットが家にある環境で育った赤ちゃんはスワイプ動作を自然に体得しますが、そんなことは僕らの世代には有り得ないじゃないですか。若い人はEvernoteなどタスク管理ツールを使う人も多かったりしますが、僕なんかは手帳に書けばいいじゃん、って思ったりもします。これらは世代の違いでしょうね。だから楽譜をパソコンソフトで書くのが当たり前の世代になると、作編曲のための思考回路自体が変わってくるかも知れません。

VGOのライヴでギターを弾くShota氏

ーたしかに、整理したり並び替えたりの対象となる個々の要素をどうやって創るかは結局のところユーザー自身の問題ですね

究極の話、何でコンピューターとかソフトが存在するかって言ったら、人間の生活を便利にするためだけじゃないですか。それでテクノロジーは生まれてくるわけだし、パソコンができることで人間にできないことって何一つ無いですよ。だけど、明らかに速いとか、ミスがないってことでコンピューターにやらせてるわけで。だから楽譜作成ソフトも決して作曲をするツールではないわけですよ。だって作曲って自分の体の中にあるわけだから。それは個人個人の中にある音次第。それを外に出しやすくするためのツールが楽譜作成ソフトだったり、DAWだったりするわけです。

中には自動で作曲をしてくれるソフトもありますし、将来的にはもっとそういうテクノロジーも進化するはずですけど、正直そういうのは僕はあまり良い風潮だとは思わないですね。僕は今でもベートーヴェンの楽譜を見たり、ストラヴィンスキーの楽譜も分析するし、オーケストレーションの本を読んで勉強することもあります。ツールの使いにくさに文句を言っている暇があったら、それを使いこなすための勉強をした方がいいですね。僕は自分は常に「ツールより賢くありたい」と思っています。




写真:辻内真理(Shota Nakama氏提供のレコーディング、ライヴ写真を除く)

インタビュー:Finaleプロダクト・スペシャリスト

協力:株式会社シャングリラ、株式会社アインザッツ


Video Game Orchestra (VGO)
「Live at Symphony Hall」


VGOの「Live at Symphony Hall」は、"rockestral"(ロック+オーケストラ)のスタイルを確立したVideo Game Orchestra (VGO)によるライヴアルバムです。VGOは世界有数の歴史と伝統を誇る米国ボストンの「シンフォニーホール」にてビデオゲーム音楽のコンサートを行った最初のグループであり、本アルバムは初回の2011年に続けて2012年に開催した2度目のライヴを収録したものです。

「Live at Symphony Hall」の詳細



後記

今回はビデオゲーム音楽や映画音楽の制作現場における楽譜作成ソフトの役割という観点から、その分野の第一線で活躍するShota氏に現場に即した体験談やお考えを伺い、またオーケストレーションや楽譜制作にまつわる苦労話やTipsなど貴重なお話も聞くことができました。

本インタビューは都内某所のレコーディング・スタジオで夕方から実施されたのですが、その直後にShota氏の言う「ギリギリの仕事」のレコーディングがあり、これをついでに見学させていただくことで、最近の音楽制作がいかにタイトなスケジュールで行われているかの一端を垣間見ることができました。(もっともこれはShota氏にとっては日常茶飯事のようで、鮮やかな手腕で要領良く仕事を終わらせていました。)

大規模な楽譜を「正確に」「読み易く」「美しく」「超高速で」仕上げる際に、楽譜作成ソフト(ノーテーション・ソフト)が制作現場において必要不可欠なツールであり、今後もテクノロジーの発展ともにその重要性はますます大きくなっていくことでしょう。これからの音楽制作の仕事では、単に音楽理論や作曲・アレンジに関する知識を増やすだけでなく、楽譜作成ソフトやDAWなどの音楽制作ツールをいかに使いこなせるようになるかという点も課題となりそうです。

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